生きる理由はどれだけ探しても見つからなかった。

かといって、死にたいわけでもない。

ひな氏のnote『生きる意味が分からなくなったときの私に宛てた処方箋』に、

明日死ぬとしたら、どうするか?を一晩中考えたけれど、

何も後悔することが浮かばなかったので、

どうせ生きてるんだったら、

せっかく生きてるんだったら、

と考える方向性を変えたとのエピソードが掲載されていた。

明日死ぬとしたら、1年後、3年後、5年後に死ぬとしたら、

明日には仕事を辞めるだろうと思えたので、仕事を辞めた。

明日死ぬとしたら、1年後、3年後、5年後に死ぬとしたら、

何も思い浮かばない。後悔することも思い浮かばない。

どうせ生きてるんだったら、せっかく生きてるんだったら、

苦しんでいる人の役に立ちたい。

子どもの頃は、医者や救急救命士(救急車に乗っている人)になりたかった。

苦しんでいる人を助ける人になりたかった。

残念ながら、国公立の医学部に行くために猛勉強する気にはなれなかったし、

生まれつき聴力が標準より少し悪いので、救急救命士は身体検査で不合格になるため、なれなかった。

身体の不調で苦しんでいる人より、メンタルの不調で苦しんでいる人の役に立ちたい。

どうせ生きているなら、せっかく生きているんだったら、メンタルの不調で苦しんでいる人の役に立ちたい。

そのために自分ができることは、

心理カウンセラーとして、相手の話を傾聴し、心の荷を少しでも軽くすること。

トレーナーとして、運動を推進し、メンタルの症状を少しでも軽減すること。

メンタルの悪化する原因である、糖質の過剰摂取等の食事の問題、

スマホ、ゲーム、SNS、ポルノ、TV、PCなどのデジタルデバイスの使用による問題について、

心や脳に悪影響を及ぼし、メンタルの不調に陥ることを伝えていく。

この消費社会の中で、自分が価値があると思えることをする。

どうせ生きているんだったら、

せっかく生きてるんだったら、メンタルの不調で苦しむ人の役に立ちたい。